愛知県 坂口 あや子 (さかぐち あやこ) 85歳
愛知県 坂口 あや子 (さかぐち あやこ) 85歳
愛知県 坂口 あや子 (さかぐち あやこ) 85歳
三重県 山口 喜孝 (やまぐち よしたか) 55歳
奈良県 小荷田 康太郎 (こにた こうたろう) 67歳
大阪府 南本 雅清 (みなみもと まさきよ) 55歳
秋田県 藤原 実知子 (ふじわら みちこ) 50歳
私は85才後半の女です。4才の時母と死に別れました。喜しい時、かなしい時、淋しい時色々ありましたが、今は子供3人孫6人ひい孫7人、やさしい家族に見守られ、助けられて、毎日毎日を楽しく暮らしております。まだまだ元気ですので(ミシン)で(エプロン、テッシュカバー、台所のミトン)等を造り娘、嫁、孫、達に使って戴き「おばあちゃんありがとう」の言葉を聞く度に喜しくなり、近所の方々に使って戴き「ありがとう」の言葉にはげまされる感んじで毎日がたのしく、家事をすませると、今日も又頑張りましょうと机の前にすわります。此の年になって、皆さんからこんなに喜んでいただけるなんて、私は本当に幸せ者と思い、もっとたくさんの方々に喜んでいただきたいと頑張っております。
主人も可愛いなーとか、きれいだなーとか、こんどは何所へもらわれて行くかなといって呉れます。
母は孫の可愛さも、ひ孫の可愛さも知らないで亡くなった事を思いますと本当に私は幸せ者と感謝しながら1日1日を大切に暮らしております。
私は85才後半の女です。4才の時母と死に別れました。喜しい時、かなしい時、淋しい時色々ありましたが、今は子供3人孫6人ひい孫7人、やさしい家族に見守られ、助けられて、毎日毎日を楽しく暮らしております。まだまだ元気ですので(ミシン)で(エプロン、テッシュカバー、台所のミトン)等を造り娘、嫁、孫、達に使って戴き「おばあちゃんありがとう」の言葉を聞く度に喜しくなり、近所の方々に使って戴き「ありがとう」の言葉にはげまされる感んじで毎日がたのしく、家事をすませると、今日も又頑張りましょうと机の前にすわります。此の年になって、皆さんからこんなに喜んでいただけるなんて、私は本当に幸せ者と思い、もっとたくさんの方々に喜んでいただきたいと頑張っております。
主人も可愛いなーとか、きれいだなーとか、こんどは何所へもらわれて行くかなといって呉れます。
母は孫の可愛さも、ひ孫の可愛さも知らないで亡くなった事を思いますと本当に私は幸せ者と感謝しながら1日1日を大切に暮らしております。
私は85才後半の女です。4才の時母と死に別れました。喜しい時、かなしい時、淋しい時色々ありましたが、今は子供3人孫6人ひい孫7人、やさしい家族に見守られ、助けられて、毎日毎日を楽しく暮らしております。まだまだ元気ですので(ミシン)で(エプロン、テッシュカバー、台所のミトン)等を造り娘、嫁、孫、達に使って戴き「おばあちゃんありがとう」の言葉を聞く度に喜しくなり、近所の方々に使って戴き「ありがとう」の言葉にはげまされる感んじで毎日がたのしく、家事をすませると、今日も又頑張りましょうと机の前にすわります。此の年になって、皆さんからこんなに喜んでいただけるなんて、私は本当に幸せ者と思い、もっとたくさんの方々に喜んでいただきたいと頑張っております。
主人も可愛いなーとか、きれいだなーとか、こんどは何所へもらわれて行くかなといって呉れます。
母は孫の可愛さも、ひ孫の可愛さも知らないで亡くなった事を思いますと本当に私は幸せ者と感謝しながら1日1日を大切に暮らしております。
息子が、22才の誕生日を迎える10日前に事故にあって、10年が経ちます。手足がまったく動かず寝たっきりですが、目が見え、耳が聞え、口から食事が
出来ます。
喋る事は出来ませんが、周囲の事はわかります。
24時間、全介護ですが家族で助け合ってがんばっています。朝起きて、「おはよう」と声をかけると「ニコッ」と、顔いっぱいの笑顔を見せてくれます。
笑顔は良いですね。今日も一日がんばろうと思います。
泣いても笑っても一日が過ぎます。
笑って一日が過ぎるよう前向きにがんばっています。
最後に息子に一言「生きててくれてありがとう」
あなたの笑顔が見れる事が幸せです。これからも・・・・・・
学校が春、夏、冬学期末休みに入ると五人の孫達が十日から二週間私共祖父母の家に毎年遊びにくる。私共三人の娘の子供達だ。娘達も大人になる成長期に亡くなった祖父母に慈愛教訓を受けた。人生の多くを学んだという。祖父母の教えが嫁いでも同居家族全員仲良くの愛情が生かされ継承されていますと改めて祖父母に感謝の念を抱いている。
私の老妻は孫が来ると食事の支度に追われ、洗濯物に追われて息つく暇がない。普段老夫婦二人暮らしで静かな家も賑やかを通り越してパニック状態、然し、老妻の顔を見ていると何かいいようのない至福の顔をしている。孫が来るから今の学校の様子を知ることができる、余り興味のないプロ野球の贔屓にも心動かされる。大食漢でうるさくて神経休まらないけれども、この孫達が将来、自分の娘が育み受けた祖父母の記憶と同じように大人になって少しでも生かされることが出来ればいいと、一生懸命世話をやき、箸の持ち方にまで注文をつけている。全員が帰ると必ず熱を出して寝込むくせに、幸せなのだ。
去年の4月始め、店(ベーカリー店兼自宅)の近所にボクシングジムが出来、何度か様子を見に出かけ、今更54才のこの年でボクシングと言うのもどうかと思いましたが、思い切って7月7日に入門致しました。
小学生から中学、高校、社会人と、いろんな年代の男女が練習をしていますが、私がやはり一番の年長でした。若者に負けまいと、元気だけはあるのですが、スタミナは残念ながらみじめなものでした。そして力を入れて練習をやる程、膝や手首、肘、肩と痛くなる。昔は、こんな事はなかったと思う。しかしそんな時でも、練習前に巻くバンテージが私の心を幸せに満たしてくれます。仲間と談笑しながら巻く時又、最近会っていない友を思いながら巻く時、ある時は、無心で巻く、いろんな状況を思いながら巻き終え両手にぐっと力を入れて、バンテージを握り締めた時、俺はまだやれるという充実感が、たまらないのです。
故郷や友人と別れ、はるか北東北の夫の故郷にやってきて早8年。一度に鍋一杯のオクラを茹で、てんこ盛のオクラの上に納豆を薬味代わりに乗せて食べられる幸せを毎日噛みしめている。休まず働く夫に「大変やね」と気遣うと、「苦にならん」と恥ずかしそうに答える。汗まみれになり、無心で畑を手伝うと私の邪悪な心や毒気が、汗と一緒に吹き出るような快感を味わい、「これだったのか」と、少しだけ理解できたような気がした。廃物利用の得意な夫が、拾ってきた三輪車やスノーダンプから作った移動式薪ストーブで煮炊きをするときは、本当に心が休まる。畑を少しだけ早く切り上げて、ビール片手に火の番をしてくれる夫の幸せそうな後ろ姿を見ると、来て良かったなと思う毎日である。日々新たな発見を語り合える家族と、励まし助け合って健康で働ける毎日に、感謝している。勝ち組でもなく、負け組みでもなく、しあわせ組だと思っている。